この理論を外国語=音楽、文法=理論と読み替えると、スズキメソードが相当な
影響力をもつに至った理由が見えてくると思います。
語学の場合はパターン・プラクティスの限界は非常に早くやってきます
(トラブル処理が出来ないなど)が、音楽の場合、過去に書かれた曲を演奏する
わけですから専門家を相手にする以外は技術と解釈能力の乖離は露わになりに
くく、メンコンを「音楽的に」弾きこなす小学生を量産する成果をあげました。
スズキメソードが習い事としてのヴァイオリン人口を広げると共に演奏技術の
向上(数人では底上げにはなりえません)に貢献したことは間違いのないところ
でしょう。

ただ、ヴァイオリンの指導法自体もゆっくりではありますが動いています。
従来、スズキメソードに限らず、中学生くらいまではともかくスピカート、
ワンボウなど演奏技術に磨きをかけて弓の配分まで指導者が仕込む、
何の為にそう弾くのか一切分からなくても振り付けどおりに弾ける子が
「出来る子」で通ってきました。自分で納得が行かないと弾けない子は
「下手」「本番に弱い」と言われてきました。
しかし、これからはコンクール用振り付けは別として、少しずつその子に
理解できる範囲で理論も入れ、手持ちのカードでどれだけ自分の音楽が出来るか
教えていく方向に変化していくことと思います。
そうでなければ音楽は単なる他人の演奏のコピー競争に堕してしまうからです。

なお、現在はスズキ出身者が芸大・桐朋を出て指導者になるケースが増えて
いますので、かなりバランスの取れた生徒が増えてきていることを付け加えて
おきます。