これは438氏とは別の意味かもしれないけど、
スクリャービンの曲で今のポップス(てかほとんど歌謡曲)
で多用されるサビの王道パターンみたいなのをそのままやって
たりするから面白い。
これは例えば「パヘカノ」の和声進行が現代のポップスで
そのまま使われている、といったような歴史の必然的な流れ
とは別に、単にたまたまそうなのだと思うけど。