ヨシキの曲の旋律が美しいとか言ってるが、邦楽ヲタらしい感性だと思った。
美しいといってるのは単旋律であり、いわゆる歌メロやギターソロから
考えを発展させてるだけだとすぐにわかった。単旋律の流れだけで、美しいと感じるのは結構だが
クラシックにはもっと奥が深くて、和声の微妙な重なりから来る美しさや、
対位法から偶然重なり合うような状態から生み出される美しい和声
も含めて「美しい曲」を考えるべきだと思う。残念ながら、現時点では、
そういった部分を意図して作り出せないヨシキの能力の低さから、
ああいった単旋律の美しさしか、追求できないワンパターンの手法を
取らざるを得ないようで、それを歌メロやギターソロに主体を
置いた邦楽になれたヨシキヲタが細かい部分まで意識せず、目立つ旋律ばかりで
「曲の美しさ」の判断をしているところに、音楽を鑑賞する姿勢が
クラシックファンとは決定的に異なる。ヨシキヲタは歌メロに演歌のメロディーが流れ
カッコイイギターソロやドラミングで満足かも知れないが、クラシックを聴くと
いうのは、そんな表面だけに見える部分をかじり取っただけでは、
決して、理解および判断ができない奥の深さがあることを知るべきである。
ヨシキの曲には曲作りが成熟してないし、陳腐な部分も多い。
奥の深さがない。ポップス作曲家の域を出ないので、永く聴くに耐える鑑賞的価値がない。
もっとヨシキ自身作曲の勉強をするべきである。
クラシックっぽい事は出来ても、本格的にクラシック方面を目指すには
今の時点では、背伸びしすぎて無理しているし、その未熟さが見事に曲に
現れてしまっている。





なのには閉口。