>>561 565
成功するかどうか、多分あなたがたは名の有る演奏家になるとか音大の先生になることだと思っているんだろうけど、
肝心なのは、いかに音楽の正確な知識と技術を身につけ自らの頭で考え、それを後生に伝えていくことができる人間にならなくてはいけないということ。
有名になるかならないかは2の次だよ。そりゃあ有名になりたいのになれなかった人はそんな愚痴の一つも言いたくなるだろうけどさ。

現代では才能も技術も知識もあるのに有名にならない人はたくさんいます。
例えば芸大でいうと毎年200人くらいの学生が卒業していきます。全員が全員優秀だとは言わないがやはり事情は厳しい。
まず一般人のクラシック離れ。あとテレビ・CDなどの発達。それによって演奏家は世間的地位こそ上がったものの仕事は限られた物になり一握りの人に仕事が集中する。
作曲家にしても同じでしょう。
もちろん武蔵野卒業技術はないが家が金持ちなんてのが教室乱立。てのも才能ある人がもうからない一因。
いまの世の中ではまず「自分の耳で聴いたものを自分の頭で感じられる」人間を育てることのほうが大切。
たいていの人が、好きな曲は?と聞くと流行の曲をあげるだろう。なぜかというとメディアによってマインドコントロールのように刷り込まれているから。
音楽が商売のものになってしまった今、芸術音楽に耳を傾ける人は少ない。
教育がすべて。これからのためにはもっとそこにちからをいれないといけない。
私はM→G大に行った一人ですが、Mにいるころから教育の重要さを痛感し、いまこれからの教育のありかたについて模索中。
だから、武蔵野アホどもなどが(まあ武蔵野にかぎらずでしょうが。ちゃんとできる方ならいいのよ)先生づらして音楽嫌いを増やしていくのを見ると腹が立って腹が立ってしょーがない。
私は嫌いではなかったが武蔵野高校にいることによって「音楽ってなに?」とずっと自問自答させられてました。でもよい先生にめぐりあえて本当の音楽がわかってきたし面白くなった。
だーかーらー、むさしのせんせいぜんとっかえ!いますぐ!この世のためです。