黛敏郎の音楽を語りましょう。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0028昭和45年6月
02/04/18 11:01ID:Omm3c8L.最初大御所某が担当することになっていて、実際作曲も始めていたらしい。
黛さんは当初「バベルの塔」の場面のみ担当することになっていたんだけど、
その音楽を聞いたジョン・ヒューストン監督が「やはり黛でいこう!」と
言い出し、途中まで書いていた某を断った・・・、と黛さんの追悼番組で
鈴木行一さんが話していたのを覚えています。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています