名前はちょっと忘れたけど、ストラビンスキーではないと思った。
最初大御所某が担当することになっていて、実際作曲も始めていたらしい。
黛さんは当初「バベルの塔」の場面のみ担当することになっていたんだけど、
その音楽を聞いたジョン・ヒューストン監督が「やはり黛でいこう!」と
言い出し、途中まで書いていた某を断った・・・、と黛さんの追悼番組で
鈴木行一さんが話していたのを覚えています。