>>140
>要するにみんなよく分からんということ?
「わかる厨」ですか?
このソナタは音価・音程の不断の変奏もさることながら、メシアンが虎の巻と
頼む古代ギリシアの韻律法やインドのデシ・ターラなどの典範から離れ、
リズムの多様性を追究しているように考える。但し、不合理な音価の分割の
組み合わせは、同時代ではシュトックハウゼンにみられるような過度の要求
はしていない。
 機能和声という重力の桎梏とは無縁の音楽において、三次元的な“建築”と
対比して聴くのは無理がある。むしろ架空の「呈示されるべき音楽」が
多様な光源に照射された結果のいくつもの投影図がずらされ、重なりあう
映像を想起させられる。
 テキストのアナリーゼから学ぶことの重要性は言うまでもない。が、
フェルメールの絵を鑑賞するのに画材の種類、描法を熟知していなければ
いけないことは無い。
画面のもたらす神秘と静謐から見る人各々が様々な思いを紡げば良いことだ。