俺はチェリビダッケ信者だが、演奏至上主義は指示しない。
聞きたいときに聞きたいCDを聞くのが最高さ。
実演だけ、なんて言ったら田舎にいる俺は時間、労力、お金、全て何もできないね。
それにCDを聞くたんび「これは本物ではない」なんて重荷を背負って聞くのかい。
そんなのまっぴらだね。

大体、CDが無意味だなんて言っているのはチェリオタだけだじゃないか。
CDが無意味だということで、チェリビダッケと同じになったかのような錯覚をしてるんじゃないか。

チェリビダッケのシンの意図は録音によって音楽を商業にしたカラヤン攻撃に過ぎない。
だからいかに高踏なことを言っているようでも、なんか白々しい。
でも、それが結果的に彼の演奏を神秘化したのも事実。カラヤン様々じゃないか。