チェリビダッケがCDを否定したのは後で息子に否定されたね。

それから傍観者氏について気になるのは余りにもチェリビダッケの言葉に囚われているのではないかということだね。

   音楽とはすでに存在しているものではなく、生成するもの」であり、
「固定化されぬもの」「二度と繰り返されぬもの」であるのならば、
それらは氏の演奏芸術の実体とは何ら関係のないものだということだ。

あんた、ここを固定的に捉えてないか。
もしそうなら、それはチェリの発言の基盤を壊しているということだ。
チェリビダッケの発言も、その場の状況があり、そして、発言がある。
その時彼はそういっただろうし、そういう必要があったのだろう。
しかし、それは今ここでCDを聞いている私とは何の関係もないことだ。
彼はそんなこと想像もしてないだろう。

また、「一回性」というのは演奏者の問題よりも聞き手の問題だろ。
CDが記録するのはまさに1回限りの演奏なんだから、これ自体を氏が否定できるはずはない。
聞き手が一回聞いたことで、それを追体験するために聞くというのは愚かなことだということ。

しかし、生の演奏だって囚われて聞くこともあるし、
CDだって、何時でもまっさらで聞けるんだ。
>>353(私は353氏ではない)
それは音楽に対する生き生きとした好奇心の問題さ。

氏に失礼かどうかなんてどうして気にするんだ?
あんた自分の好奇心に自信がないのかね。