201
自分が分からないもんを「ひねたヤツ」などというのは気分がいいよね。
それよりも偉くなったような気になれる。
ブルックナーを理解できないヤツがブルックナーフアンを「ブルオタ」なんて呼ぶとなんか偉くなった気分と同じだ。
実はそれを理解する機会を逃がしているだけだ。
端から見ると見苦しいだけなんだけどね。
ま、精神的安定を保つためにはしょうがないんだけど、本人が自覚できないだけに哀れだ。
つまりは、○○刷りと言うヤツだ。

202
あんたも見苦しい。
チェリの生をみたということは相当の年だろう。
いい年こいて「早く氏ね」なんて全く感性が感じられないぜ。
201よりもっと屈折している。
生もいいかもしれんが(俺は若いから生に接し損なった)、それでもリスボンは凄いと思う。
雄叫び無しでもな。
生を経験したが故にあれを感じられないなら生など体験しない方が良かったと思う。
つまり、あんたに感性があるなら、チェリの海ちゃんは否定できんよ。
たった一回性の生にしがみついているなら、あんたはチェリの言っていることを何も理解していないということだ。