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当時の受難曲に市民層の聴衆が求めていたものが、モダンなオペラ風のアリアやアリオーソ
だったことはハンブルクの例からも疑いがない。ライプツィヒではじめて受難オラトリオが上演
されたのは、1717年の「ブロッケス受難曲」だが、その際にシャイベルはこう書き残している。
「大勢の人々が早々に教会に押しかけてきたが、それはもちろん説教を聴きたいためではなかった。」
その「ブロッケス受難曲」でさえ、バッハの両受難曲と比べると質素なものであってオペラ的要
素は少ない。