そうですね。キリストも律法学者に論争を吹っかけられたときも、いちいち旧約聖書を引き合いに出して、わからず屋を黙らせたといいます。
もし相手を黙らせるつもりならば、そうしたデータも必要です。

ただ、みんなの目には妄想と映るべきことが自分にとって大切な部分があったりするわけです。それを押し殺してしまうと、何かが狂ってゆく。
こんなわけのわからないことを突然何の前置きもなく突きつけられたら、当惑を通り越して、怒りさえも覚えさせるんだと自覚しています。
バッハスレの厳しさもよくわかります。
でも、なかなか言葉にならないようなことをうまく伝えられるほど成熟した理論を、僕はまだ持ちえずにいます。

一人ぼっちの暗い淵の底からバッハの音楽に見出すような光を、何とか言葉にしたいのです…別にそんな必要はないよ、といえばそれまでですが。