>>189
ペテロも、鶏が鳴かなかったならば、自分の行為が「裏切り」であったこと
にすら気づかなかっただろう。そうやって人は絶えず誰かを裏切りながら
生きている。
どんな人間でも、何かを裏切ることなしには生きていくことはできない。
全てに誠実に、何ひとつ裏切ることなく生きていこうとすれば、その者は
十字架に架かるより他にない。
あのアリアに込められているのは、そのことに気づいた者の悲痛な叫び。
生半可な自責や絶望より、もっと深い深い悲しみ。
「癒し」はむしろその後のコラールにある。