バロックのバロックたる所以は感情の解放じゃないかと
思うんですなぁ。極論かもしれないけど、人間の感情を
初めて思いっきり音楽に乗せて表現できるようになったのが
バロックなんじゃないかと。

で、マタイに関して言うと、一方に「てめえら頭を低くして
神の言葉を聞くがよい」ってやり方のリヒターの演奏があり、
もう一方には、キリストの受難を目の当たりにした人々の
息づかいを伝えるようなコープマンの演奏がありますね。

で、ヘレヴェッヘってのはいったいこの両極端の間のどこらへん
に位置するんだろうって考えてみると、あの演奏をどこに
置いたらいいのか、迷ってしまう。なぜかっていうと、ものすごく
お上手になっちゃった「ママさんコーラス」の演奏なんですね。
つまり、感情の表出ってことがまるでない。(たぶんヘレヴェッヘが)
こうあるべきだと思いこんでいる音楽を、ものすごく高度にやって
いるんだけど、まるで演奏者の感情が表れないんですね。あれだったら
歌詞は、般若心経でも、カーマスートラでもいいんじゃなかろうかなんて
聞きながら思いましたな。(まだたった2回しか実演に接していませんが)。