セクシャリティには3つの分類がある。
1体の性別(半陰陽=インターセクシャル、IS)
2性自認(トランス、性に違和感を持つ事。)
3性指向(嗜好ではなくて)

これらは全部独立して存在しています。
ISだからといって、性自認が戸籍上の性別と必ずしも反転してしまうものではありません。

多くの場合、ISは性自認が曖昧で、社会が、2つの性しか認めないことに、困難を感じているケースが多い。
またレズビアンでも性別違和感のある人はいるし、社会的に限りなくいわゆる男性的なジェンダーの人もいる。

また戸籍の性決定は医師が行うもので、家族は決められないのです。
仮に、彼女がISだとして陰茎の形骸があれば、女性として医師が認定するなら治療と称して、出生時に平気で性器にメスをいれてしまいます。

西本さんがうまれた1970年では、まだそういう事が行われていました。
西本さんが、戸籍のうえで女性として認定されたなら、陰茎の形骸が残っているのは、ありえない。

これら全部をひっくるめると、一人一人のセクシャリティは全部違ってきます。
簡単に男女は分けられないの。
西本さんの個人の人格的素養には何の関心もありません。
ただ行動が男性的または横暴な所があったからといって、それは個人の性格的な事で、半陰陽であるかどうかには即つながらない。

もてる人が横柄だからって、しょうがない。
もてるもん勝ち。セクシャリティとはなんの関係もないです。

私としては、どういう生き方をしても、持てるもの、与えられたもの全てを使ってのしあがって欲しい。
セクシャルマイノリティならなおさらに。