「曲が無いから語りようがない」まさしくその状態でした。

もったいぶらずに私が知る限りの情報を書きます。
☆バルトークは米国に渡って最後の創作期にSQ7番の作曲を計画した
☆スポンサーは金持ちの未亡人とかいわれているが、実はバルトークの貧窮をみかねた友人かもしれない
☆いつ作曲されたかなどは伝記本からはわからない
☆完成しなかったのは確実、その後楽譜の草稿がどこにいったかはスレ主には不明

☆唯一学術的な手がかりとしては『カールパーティ・ヤーノシュ』の著作「バルトークの室内楽曲」のなかで
「実現しなかった彼の畢生の計画(Szabolcsi1961:20)」として取り上げられているので、共産圏にはなんかの文献があるらしい。
この本は勢い込んで読んだが、それ以上の情報は載っていなかった。

5さんシャンドス盤というのはチャイコフスキーのほうですよね。

貧しい情報ですが、バルトークSQ7の手がかりお待ちしております。