一般に言う「感覚的無調の作曲」と12音技法での作曲というのは違うヨ。
トリスタン以後、転調や非和声音の使用により、調性というものが希薄に
なっていたわけさ。そして、リストの晩年くらいから、特定の調性によら
ず音楽を作る無調の作曲が行われ始めていたの。

しかし、こういった感覚的な無調によって、調性に捕らわれない自由な作
曲がバシバシ出来るようになるかといえば、さにあらず。

樹海の中を歩き回ると、どこへでも行けるように思えつつも、同じ道をグ
ルグル歩いていることが多々あるように、自由な無調での作曲では、作品
に多様な表情をつけるのが難しいことがわかった。同じようなことを繰り
返してしまって、期待した程の生産性が無いんだな。長い曲を書くのだっ
て一苦労だ。

12音技法というと、12の音をそれなりに厳格なシステムに従って運用する
作曲技法だから、非常な不自由を作曲家に強いるように思えるかも知れな
い。でも、実は逆なんだ。樹海の中で、同じ道をグルグルまわるような愚
を避けるために、12の音列をつかって何が出来るか、ということを事前に
考え尽くしておこう、ということなわけ。つまり、より大きな作曲上の自
由を手に入れるために、あえて拘束条件を自分に科したということなんだ。

で、12の音列を使って何をするか、と考えた時、ドイツ音楽の後継者を自
任していたシェーンベルクは、バッハの対位法に思い当たるわけ。シェー
ンベルクがやったことは、ドイツの重厚な対位法的音楽を、無調の語法の
中で実現することだった。だから、「これで、この先100 年ドイツ音楽の
優位は揺るぎ無い」などと発言しているわけ。

とりあえずは、ここまで。