ちょっと変な意見かも知れないけれど、12音技法だろうと機能和声だろうと、
あまりガチガチに囚われてしまうと創作の本質を見失うかも知れない。
こんな風な響きを得たいという意識があるなら、それに従ったほうが
いいんじゃないかな。
いわゆる“禁則”を冒しても、表現として正しければOKだと思うよ。

厨房な例ですまないけれど、例えばバルトークのVn協奏曲2番では、セリー的
技法を使いながらも“規則”を破ってるし、古典派の作曲家たちだって、
声部進行の(学習和声的な)“誤り”は散見される。
もちろん「技法を学習する」段階では厳密な対位法などと同様、感覚に流れず、
きちんと訓練を受けるべきだと思うけどね。

セリー音楽そのものはあまり練習したことないのだけど、個人的な感覚としては
調性音楽で、「この音の次に来るべきはこれ」とか「この音とあの音は“仲がいい”」
みたいなノリがあるじゃない。
あれをう〜んとストイックにした感じに近いかな、と理解してる。
響きのテクスチュアはずいぶん違うけど(藁。

なおホルストの平行和声を真似したいなら、機能和声以前の「中世・ルネッサンス」
あたりの曲を聴いてみると参考になるはず。
イギリス伝統のフォーブルドンとか、ああいうのが下敷きになってる。

あんまり関係ないけれど、セリー音楽にだって「美しい旋律」はある。
ウェーベルンは時としてハッとするほどロマンティックに響く。
それらを聞き取ることに慣れていない人も多いと思うけれど・・・。