クラシックは二元論的世界の統一、一種の弁証法であって(ヘーゲルは
見事にベートーヴェンに重なります) 、混沌から調和へのプロセスが
その本質なのである。 実はクラシックはキリスト教の没落に対応する
代替物として発生したのである。 作曲家は神であり演奏家は神官か
巫女でありコンサートホールは聖堂になるのである。

ベートーヴェンはその統一、調和を「人間愛」というキーワードで解決を
図った がシューベルトはベートーヴェンほど単細胞でなかったので
懐疑的なまま終わった。 シューベルトの音楽は懐疑の音楽である。
ただ、 ブルックナーだけ(もしかしてワーグナーも)は「神への完璧な
信頼」という聖なる愚者的奥の手を使って、見事にそれをやってのけ 、
クラシックの弁証法を大ハッピーエンドにして閉じてしまったのである。