クラシックは同じ曲を多くの指揮者・オーケストラで繰り返し録音するものである。
評論家でもなけりゃそれを端から聴くことはできないので、名盤ガイド等も読んだりする。
名盤と呼ばれるものもはやりすたりがあったりして面白いものであるが、最近はネット
時代の悪影響か、自分の好きな演奏家を誉めるのではなく、自分の嫌いな演奏家を
口を極めて罵る評論家が割と目に付くのが気になる。
レコード会社には気に入られないことを敢えてやるのだから、反体制を気取っている
のかもしれない。 または一般人よりはるかに優れた耳と感性、知識で許せないことを
そう述べているのかもしれない。 でも、人を馬鹿だの甘ちゃんだの言える程あなたは
偉いのか?  私は評論というのは既成の価値観や権威に盲従しないという意味で批判
精神は必要だと思うし、苦言を呈することも時には必要だと思う。 何でも無条件に誉めて
ばかりじゃ面白くない。 しかし、本来は人々の目にまだ止まらない隠れた「良いもの」に
ついて、人々の目を向けさせることに本当の意味がある。 悪口を思った通りに吐き
散らすだけなら、屋台で管を巻いてる酔っ払いの親父でしかない。 卑しい知識は無知
よりはるかに悪いのである。 文学者だからと言って思い上がってる場合じゃないんでは
ないかなぁ。 アバドや小澤征爾、朝比奈隆はあなたより遥かに多くの人を幸せにしてきた
と思うのだけれど。
許光俊先生の評論の愛読者の方がいらしたら、ごめんなさい。 でも彼は私の100倍以上
音楽に詳しいかもしれないけど、私にとっては「週刊ポスト」並みのクズなんですよ。