>> そこでハッキリ宣言しておこう。
>>
>> これはエリートのためのクラシックの本である。つまり,男の中
>>の男,女の中の女のための本である(あ,近ごろ,梶原一騎の読み
>>すぎ)。そう,この本は,現代の数量主義,”売れれば正義”的立
>>場にまっこうから反対する本である。
>>
>> この場合,エリートとは,どうせだからまた梶原一騎の言葉を引
>>くが,「認識しようとする業」に憑かれた者である。認識はつらい。
>>しんどい。ウットリ陶酔しているほうがよほど楽だ。当然,ほとん
>>どの人々は陶酔するために音楽を聴く。しかし,それだけではいけ
>>ないんじゃないか,とはっきりと,あるいは何となく思っている思っ
>>ている人々のための本である。
>>
>> いずれにしても,私達はここで批判をおこなうが,そのよりどこ
>>ろは。気分ではない。理なのである。他人の気分にたいしては,最
>>終的には何も言えやしない。「どうぞご勝手に」,それしかない。
>>だが,理は違う。この理をないがしろにしてきたのが,現代のクラ
>>シック音楽の驚くべき貧しさを生んでいるのだと私は思う。
>>
>> したがって,この本は,とりあえず日本語ではあるが,世界に向
>>けて書かれている。そして,自負心をもってここに記すが,世界的
>>に存在する多くの音楽評論は,この序文によって乗り越えられてし
>>まったはずだ。ホントのところ,ウィーン・フィル(ハーモニー)
>>やベルリン・フィルについてどうでもいいような評論を書いている
>>現地の評論家に読ませてやりたいくらいだ。