倉庫逝きを恐れつつR.シューマンについて語るスレ
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0746LMN
02/07/04 23:09ID:KLtTaUmkシューマンはどこまで和声法を拡張しているか(どこまで前衛か)という、
「過去から未来へ」の視点でも論ずることができるけれども、
逆に、和声が拡張されきった前衛の側から見て、
その「部分型」としてシューマンを位置付けるという、
「未来から過去へ」という視点もありうるような気がする。
そういう感覚っておかしい?
というのも、シューマンは和声法を拡張して斬新な和声法を発明しようとした、
というよりも、音型を自由奔放に操作し組み合わせる「線」の発想が最初にあって、
そこに和声的な制約条件(ふるい)を加えてアウトプットしているために、
結果として斬新な和声のパターンが生まれている、という直感的な印象がするから。
また、シューマンの後期作品は和声的に斬新とは言えないのだけれども、
幅の広い和音の中から注意深く音を選別することにより、
シンプルながら奥行きの深い、肺腑をえぐるような響きを生み出している。
つまり、部分型をどう作るか、という思考の中で効果を生み出している、と思えるから。
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