「だけれど、僕は・・・」というのがフルトヴェングラーの口癖
だったらしいし、心理学に詳しくはないがこれはやっぱり自意識
の相当強い人間としか言えないよね。
カラヤンはいい意味でも悪い意味でも大人だな。ベームやトスカニーニ
みたいに怒鳴り散らして人の反感をかってでも自分の理想の音楽を作る
なんて言うのはやはり子供じみているよな。どんなに陶酔的に歌って
いても、カラヤンには何か醒めきったようなところがある。マーラー
は「解明出来ない部分がいつも残っているのが芸術だ。」と言ったが
カラヤンでは最初で全て明瞭になってしまうのがいささか残念な
ところだ。
ところで、このスレはネタのくせにチャンとフルトヴェングラと
書いているのは感心だ。フルヴェンという呼び方はたとえ同好の
志といえど、どうしても許し難い。