アバドとカラヤンでは、同じBPOでも音色が違う。ことに高音の弦の美しさといったもの、
低音域の音の深みで明らかにアバドはカラヤンに劣っているのを痛感した人は多いは
ずだが、同じグラモフォン録音でもアバドとカラヤンではあきれるくらいに音がちがう。
こうした音の品格の違いは、知る人ぞ知るとしか、今ではいいようがないが、昔のそうした
美音を知っている人の耳には、近頃の音楽評論家のCD評など、ずいぶんおざなりなもの
だろう。本当は、演奏を評価するとき、それがどういう美しさで聴かせるかで、物を言うべき
だと私個人などは思っているが、美しさというのが抽象的すぎるので、今では「すばらしいア
ンサンブル」などという他愛もない錯覚でBPOの演奏は論じられる。知らぬというのは、強い
ものである。