>>466
>>471
日本でも、以前LSOとやったマラ5とか、数年前のマラ9とか、やっぱり本番
ならではの特殊なオーラはやっぱりあったと思う。日本で振ったオペラでいえば、
「シモンボッカネグラ」「セヴィリア」や「ランスへの旅」などを観ると、学説
解説紹介的イメージは感じないけれどね。「シモン」の恐るべき集中力や、
「ランス」の愉楽感と粋などは、やはり指揮者としての本能的な冴えを感じた。

それからアバドもやっぱり指揮者だから、音楽学者とは違って演奏の実践面を
考えて、目立たないところでスコアと違うことをやっていることは間違いない
と思う。劇場人としてのアバドを多く体験すると、やっぱりあそこには独特の
魅力もあったな。
アバドという指揮者の個性のあり方(あるいは個性のなさ)という点では、前スレ
でもかなりいろいろな意見が出ていた。なかなか一致しない問題だね。