アバド2
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0370クラ板翻訳屋
02/05/11 18:09ID:mvJp5ckEゴシップのような文章なので省略して、演奏会に関する箇所のみ。それにしても>>368さん
よくこんなの捜してきましたね?)
〔・・・〕クラウディオ・アバドが指揮台で「エグモント」序曲の最初の音―ベートーヴェンの有名な作品に
書かれた、やがて歓喜の歌となる自由への情熱的なあえぎ―を始めるために彼の「魔術的な」指揮棒を
動かし始めるやいなや、数多くのVIPにとっては「わたしはあそこにいた」というバッジを意味する
「演奏会=パーティ」は、ベルリンフィルの音の魔術と文化的事件とに席を譲っていった。〔・・・〕
演奏会では、ベートーヴェンの有名な作品の次は、ブラームスの「ヴァイオリンとオーケストラの
ための協奏曲ニ長調 作品77」の驚くべききらめく音響の番だった。
休憩の後には、演奏会の魔術はドヴォルザークの「交響曲第9番ホ短調(「新世界から」)作品95」
の朗々たる演奏―まさに名曲の演奏だ―をもって再開された。
想像を絶したのは、終演後の喝采、長いカーテンコール、ボックス席からアバドとベルリンフィルの
楽員へ向けて投げられた花束―マエストロとオーケストラの首席奏者たちがしっかりと手に握り締めた
―、そしてアバド自身の感激であった。もちろん、「シチリアの夕べの祈り」序曲のような誠実な
作品の演奏による―盛大な拍手を受けた―アンコール(すでに準備されていたものではあるが)がなくては
すまされない。劇場の入り口で「チケット求む」という紙を持っていたあの優雅な紳士がこれを聴く
ことができたかどうかは知る由もない・・・1989年にベルリンフィルの監督に招聘され、ヘルベルト・
フォン・カラヤンの指揮台を受け継いだクラウディオ・アバドは、このイタリア旅行をもって、
ベルリンの名声ある音楽機関の指導を辞任する。〔・・・〕
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