音楽学(民族音楽学周辺)
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
002917
NGNG「テクストを完全に切り離した受容研究」ねえ・・・
わし最近疑問なんだけどさ、そーゆーのって理論的抽象じゃない?
テクストがあるから受容もあるわけで、受容ってテクストの
どこを聞いて聞かないかなんてわかりゃしねえし常にふらふらしてるし
そーいうもんでしょ受容って。
それ扱うんだったら、当然テクストにたいするスタンスは決めなくちゃいけねえわけよ。
それが「音楽学」的なテクストの管理規定とぶつかるんだったら、別に音楽学じゃあろうがなかろうがどうでもいいやね。
音楽学者は勝手にオーセンティックな「テクスト」とやらの保守管理人やってなさいってこった。
あとはどっちがリアリティを説得的に語れるか、ってな勝負よ。負けるとは思わんが。
>>25
却下。
時系列的系譜の成れの果てが「現在のテクストのあり方」に対して共時的布置や研究者の認識的枠組みよりも優先する根拠について述べること。
あと、「共同体内部」が「独自なもの」と見なさない対象を
外部の研究者の視点から「独自」と見なして何が悪いわけ? 説得力ある回答をどうぞ。
「文化相対主義に反する」なんちゅー30年前の答えはダメよ。
>>27
あーあんたみたいな「どっちも実は同じ」的懐柔は聞きあきたよ。
アタマ悪い人はそんな弁証法好きだよね。自分で綜合しやしないのにさ。
>>28
あんた鋭いね。確かに解釈学の問題だよこれ。
ポスコロはガダマーを歴史的地平だけじゃなくて
空間的地平にも「融合」の対象広げたわけよね。
んであとは、どっちが上下、じゃなくてどっちを選択するかは「倫理」の問題だってこと。「どっちも」も含めてね。なんて大風呂敷広げてたら美学者に叱られるか(w
わしゃもう死んでしまった連中より、今生きて「お前正統じゃねえよ」ってな抑圧受けてる連中に味方するがね。「音楽学者」は人よりオーセンティックなテクストとやらの方が大事なんだろう。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています