Jシュトラウス全集について
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0201名無しの笛の踊り
02/04/24 00:18ID:NALFYmiAよりによって「エルベのほとり」という名前でドレスデンの出版社か
ら出版されたかはまだ解っていない。
シュトラウスとドレスデンの関係は良好だった。1852年以来、シ
ュトラウスはベルリン、ハンブルクに演奏旅行に行った際に、2度程
ドレスデンに滞在している。「10人の集い」の思い出としてシュト
ラウスは「10人のポルカ」を作曲した。そして、それ以来、何度か
エルベ河畔の友好的な町を訪れており、ザクセンに信頼出来る友がい
る事も知っていた。そして、それらの事を差し引いても、まだ「自作
のモティーフにより」観客に披露されたという指摘があるワルツ「エ
ルベのほとり」の誕生に関しては解らない。
作品を紹介するにあたり、シュトラウスは1897年11月28日
楽友協会大ホールでのエドヴァルトの慈善演奏会を選んだ。休憩の直前
に現れたシュトラウスは指揮棒を持って楽団の前に立ち、ワルツ「エル
ベのほとり」を自ら指揮した。この曲はすぐに聴衆の心を掴みアンコール
された。
11月30日の新聞はこう報じている。「先週日曜日、エドヴァルトの
慈善演奏会にヨハン・シュトラウスは現れて新作のワルツを自ら指揮し、
いつものようにホールの最後の一席までも埋め尽くした聴衆から拍手で
迎えられた。刺激的なメロディー、真のシュトラウスのリズムと独創的
な導入部で新しいワルツは瞬く間に聴衆を虜にした。このワルツはシュ
トラウスの数々のワルツの中でも抜きんでた地位を占める事になるだろ
う」
当初はこの新聞の予想通りになった。作品は資料庫の中で埋もれる事
もなく1898年1月の王宮舞踏会で一連の舞踏の最初の曲として演奏
された。しかし、次第にワルツ「エルベのほとり」は忘れ去られ、ほと
んど耳にする機会がなくなった。さて今、100年前と同様に新鮮なこ
の曲は、これから先も熱狂的なファンを獲得し続けていくだろう。
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