メトゥザレム王子序曲
1874年以降、シュトラウス夫妻はパリでオペレッタの公演を成功させようと
努力していた。オッフェンバックの作品がフランスの舞台を完全に独占して
いた時代はすっかり終わったかのように思われ、シュトラウスによれば、彼
はルコック(1832-1918)と確実に競い合う事ができた。1875年4月、オペレッタ
「インディゴと40人の盗賊」の改訂版がパリのルネサンス劇場に登場した。
その間に倒産してしまったアン・デア・ウィーン劇場では無くカール劇場で上演される
事になった彼の新しいオペレッタの為にシュトラウスは音楽監督のヤウナーと協力
してフランス人台本作家ヴィルデとドラクールに台本を注文した。長期間にわたる
討議の末、「メトゥザレム王子」といいうタイトルのオッフェンバック風の
作品が完成した。作曲者はこの台本が成功するとは思わず、それ故、友人
のトロイマンに協力を要請したにもかかわらず、シュトラウスは数多くの
貴重なメロディをこの作品に使った。
この作品の初演は1877年1月、カール劇場の舞台で行われ、特に歌手達の
絶妙な演技の成果のお陰で、公演回数は80回以上に上がった。初演の舞台
後すぐにシュトラウスは再度パリに向かった。

序曲は短い、エネルギッシュな導入部に続き、オペレッタ最高の主題を
通じて変化に富んだ一面を展開する。アンダンテ・グラチオーソは第一幕
フィナーレ「私の結婚式の果て」からとられ、それに続くアレグレットで
は第二幕のカバレッタ「美しき5月よ」が引用されている。経過部の後、
NO.6からの戦いの歌「ドンドン、パンパン、ラタプラン」が始まり
続いてNo.17からの短いパッセージにより、熱狂的なクレッシェンド
となる。このパッセージは後に「山賊ギャロップ」でも使われた。
序曲のクライマックスは「将軍行進曲」で、これは舞台音楽と共にオー
ケストラによって演奏される。この華々しい行進曲とともにではなく、
実にシュトラウスらしいがー優雅なアレグレットと共に、序曲は最後の
盛り上がりから終わりへ向かう。
1877年1月3日のオペレッタ「メトゥザレム王子」の初演はシュトラウス自身
の指揮によって行われた。序曲のコンサート形式の初演は楽友協会によって
1877年1月14日、エドゥアルトの指揮するシュトラウス楽団によって行わ
れた。