45氏に「でも見づらいなぁ」と言われてしまってカキコし辛いが…

>>38
「かれが音楽史で何を成し遂げたのか」に対する即答の一つとして、彼の独自性とその
「戦略」があげられます。
つまり、音符の配列を決定させるのに、従来の音楽美学(和声法やリズム構造、12音
技法など)ではなく、統計学による「偶然性」を導入したという独自のアプローチ、
及び発表された音楽の独自性、それによってたった独りでトータルセリエリストに
対するアンチテーゼたり得たことでしょう。
勿論そこには>>3氏のおっしゃる通り、ある種の駆け引き、センセーショナリズム、
準備周到なレクチャー、一般音楽家が数学に全く疎いという状況に対するハッタリも
あったことは否定しません。そして既に述べたように、時代が彼を急がせ、自らを
「徹底した形式主義」として売り出す一方で「手の内」はすべては開陳しないという
ような、微妙な戦略を選ばせたことも、結果として彼を成功に導いたと言えるでしょう。

 また、「他の作曲家が学び得るような作曲理論があったのか」という問いですが、
稚拙な私見で恐縮ですが、音楽史に名を残す作曲家には概ね、殆んど独自の作風で
自己完結してしまう人と、後世の作曲家に広くエピゴーネンを産む人との2種類がいて、
前者はバッハやヴェルディ、後者はベートーヴェンやヴァーグナーが当たると思われ
ますが、クセナキスは、完全に前者にカテゴライズされるべきタイプだと考えられます。
確かに>>17氏が、弟子の高橋悠治の「オルフィカ」についてツッ込んでおられましたが、
あの曲こそ、クセナキスの作曲理論・方法の独自性を逆証する好サンプルでしょう。
(同時に、果敢にそれに挑戦した高橋も褒めてあげるべきか?)
よって、「誰も同じことをやろうとも思わない位に自己完結した作曲法」を確立する
ことも、「他の作曲家が学び得るような作曲理論」同様に評価されるべきだと思います。