トータルセリー批判から確率理論の「使用」に至った経過は、みなさんのおっしゃるとおりなのかもしれません。
結果として魅力的な音楽が生まれたことも認めます。
でも、かれは自分の方法論の普遍性を一時期、かなり強調したことも事実なわけです。
また、「数学は音楽の一部だ」とまで言っている。
そうすると、かれが音楽史で何を成し遂げたのかは、もうちょっと吟味する必要があるんじゃないか。
つまり、他の作曲家が学び得るような作曲理論があったのかということ。
レジスタンスで片目を失ったとか、そういうエピソードに感銘を受けて評価するなら、フジコ・へミングと同じになっちゃう(笑)。
コケオドシのない分、ケージのようにサイコロ転がしていた方がよほど正直だということになりはしないか。