「名指揮者たち」D・ウルドリッジ著 東京創元社

バイロイトが翌年にも重ねて彼を指揮者として招いたのは、
明らかに失敗であった。
   (略)
原因の一つは、その年、
フルトヴェングラーというトスカニーニにとって最も我慢できぬ指揮者が
バイロイト音楽祭の音楽監督として現れたことであった。
彼が我慢ならぬタイプの指揮者といえば、
過去にはマーラーがその一人であったし、
クーセヴィツキー、ビーチャムもその一人であった。
「イ・ディレッタンティ!!」(ど素人たち!!)と、
トスカニーニは彼らをいっしょくたに酷評したものである。

彼が、いつもジェントルだったブルーノ・ワルターだけを例外として、
他のどの指揮者に対しても嫌悪の情を露骨にあらわしたというのは誇張である。
メンゲルベルクに対しては不承不承にではあったが、
ある種の敬意を抱いていたようであり、
ストコフスキーには、血縁的な精神を感じていた。
クライバーには、いわく言いがたい崇敬の念を感じていた。

なんともあまり信憑性の無い話だ。
ストコフスキーのように楽譜を弄繰り回す指揮者に好意を抱くとは思えないし、
メンゲルベルクのような甘すぎる演奏をする指揮者にも敬意を持つとは思えない。
それに、トスカニーニ自身、自伝を作られるのを嫌っていたといわれるので、
(実際、息子ヴァルターがトスカニーニの記録をまとめようとした時に、
「自伝なんか作らんだろうな!」と一喝したという)
言ったとされるこれらも伝聞に過ぎないであろう。