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いや,もちろんそのとおりですよ。
では,演劇についてはどう思われます?
台本を読んで,実演を鑑賞するだけでは研究できないのですか?
俳優経験のない演劇学者はいくらでもいるでしょう?

音楽が,記号論的にいうなら,5段階のコミュニケーション過程を持つ芸術であって
(作曲家−作品−演奏者−演奏−聴衆)
文学や美術などの三段階(作家−作品−観衆)の芸術とは異なる
研究事情を持つことは分かります。
だから,作者と直接的な関係にある,作品に触れる必要があることは分かる。
文学であれば,その言語で読むことが必要になります。
しかし,演劇(映画でも同様かもしれません)の例で私がいうように,
研究者が演奏家の立場に立つ必要があるのだろうか。
楽譜を知的に理解し分析し,かつ演奏を分析的に聴くことでなぜいけないのか。

私の興味は,その事態を糾弾することではなく,
なぜ音楽学には,研究者に「俳優」たることを義務づける規範が
根強くあるのか,ということです。さらには,
補助学としての「音楽学」では,俳優の召使いたることを
期待されてしまうにいたるのはなぜか。ぜひ知りたいです。