今のゲヴァントの響きを、例えばコンヴィチュニー時代の基準で語っても意味ないのではないかなあ。
あの頃は戦前からの楽員がまだ健在だったろうし。ライプツィヒという町への誇りもあったのでしょう。その人達がノイマン時代から徐々に引退し始めたと思う。
だから、マズア時代初期のシューマンの交響曲全集だって、響きがごちゃごちゃしている。過渡期を思わせる響き。
今だって、ビオラのバルテルや、ズスケなど古参楽員がすでに引退しているし、往時の音色なんて幻想に過ぎないのでは。
さみしい事だけれども。