純正律と平均律について
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NGNG実は私も「音律厨房」ですのでうまく説明できないのですが、278さんは、
少し「純正律」という言葉にこだわり過ぎておられるのではないでしょうか?
「綺麗に響く」という表現はちょっと曖昧で、それこそ「何が綺麗に響くのか?」
によって考え方や方法が違いますし、音楽史がそれを証明しているが如く、
それぞれ様々な工夫が施されてきたのですが、「純正律」というのは、
その内の一つの概念(または考え方)にしか過ぎませんし、しかもそれは、
「主要3和音が綺麗に響く音律」の一形態にしか過ぎません。
「Tbn.でC Durのトニック3和音を純正律で響かせて、
その上にTrp.がD Durのトニック3和音を純正律で響かせても、
それぞれのユニットとして独立してならした場合は綺麗に響いても
重ねてならした場合は綺麗に響かない、という解釈」―ですが、
純正C調の音階においては C-G の音程の比率は3/2の純正5度となりますが、
D-A の場合は45/27なんていう、かなりの不協和な比率の濁った5度になってしまいます。
それを嫌って、新たにD-DurのトニックだけD音を基音に、D-Aを純正5度にしても、
結果は既に283の後半で書いた通りです。
ですから、あくまでも「純正律」にこだわるのであれば、
異なる和音を重ねる以上、いずれか一方を犠牲にしなければならないのですから、
それが金管であろうと、鍵盤楽器であろうと、無伴奏合唱であろうとも、
「重ねてならした場合は綺麗に響かない、という解釈」は正解だと思います。
先ほど、ざっと過去レスを読んだのですが、私個人的には、「音律」の問題と
「イントネーション」とは分けて考える方に賛成で、それを踏まえた上で、
>>241さんに近い意見です。他の方は、「響きの純粋さを追求するため、
さまざまにピッチを変えながら演奏する」こと=「純正律」だと勘違いされているのかな?
と思いましたが、私自身がまだまだ勉強不足なもので、逆に色々と考えさせられました。
長文御免。
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