「かなでる」は「なでる」に接頭辞「か」がついた語にすぎない。
例えば「ほそい【細い】」から「かぼそい」が生じるのと同じ。
「ひく」「たたく」「かなでる」「ふく」「つまびく」等々、
残念ながら全て物理的な動作を表す語系列にすぎない。
ホモ・ルーデンスの面目足る活動を全て包含する印欧語のplay系列
の語に内在する精神性を含んだ語がないのは残念に思いませんか。
ひょっとして体育会系のスポーツも同様の語が使われることにクラ
の日本語話者の専門家は反発を覚えるものでしょうか?
小生はやたら精神性をふりかざすスポーツの指導者(「根性主義者?」)
を良しとしないのと同様に、楽器を超えて使用可能な、かつ精神性を含
んだプレイにあたる言葉が来世紀には日本語の中で造語されることを
期待する一方で、きっと、来世紀にはカタカナ語のプレイにあたる語が、
ヤマト言葉の響きを持った全くの新語として造語されるのではないかと
密かに予測もしています。例えば、「あそぶ」→「そぶる」とか。
BU音の響きが芳しくないなら、「そふる」とか。