チェリは、美しいが外面を磨くということではカラヤン以上だったんじゃない。
音量もここぞというところまでのじらし方がいやらしい。姑息。それでも曲がい
いもんで危うく感動しそうになってしまうが、このひねくれた指揮者の演奏の中
に作曲家の意図がどこまであるのだろうか。それを言葉で正当化しようとすると
ころにこの指揮者の限界がある。