つまりどう感じたかをなど、「私」を主語にしか文章がかけないのは
ある意味DQNである。
その点で>>212の指摘はもっともなことに思える。
でも良いと思ったらそれには理由があるはずで、
>>238のいうとおりその理由作品もしくは演奏に求め、
それを具体的に言語化する作業こそが
「批評」に客観的な視点を持ち込みうる。ある程度でしょうが。
>一つ一つの音に命が吹き込まれ
>一気に押し寄せてくるような勢い
だから具体的に箇所とか楽器とかを明示した上で、
この特徴を端的に、願わくば一語の形容詞で言い表せれば
それなりに読めると思うのですが。

と思ってる私もDQNでしょうか。