大栗の「ヴァイオリン協奏曲」を聴いて、正直なところ驚きを隠せない。
バルトークともプロコフィエフともいえなくもないが、民謡的楽想や
ペンタトニック・スケールの処理の仕方は、直接的に素材を取り込んだ
例えば外山雄三の「ヴァイオリン協奏曲」に比べむしろネガティブだが、
それは悪い意味ではなく、とても深みのある仕上がりだ。

民謡は断片的なレヴェルにまで細分化され、大栗のオリジナリティの部分と
交互に折り重なるように編みこまれ、とても感心させられた!

ところで、
音友「日本の作曲20世紀」の文中で、大栗裕の名は、『大栗裕の《飛鳥》』
ただこれだけであるが、これって何か間違ってないか??

朝比奈追悼盤として東芝から「オペラ・赤い陣羽織」も再発されたし、
再認識する絶好の機会かも。