文化・教育の問題か先天的な問題か、という二分法は、
結局、卵が先か鶏が先かの議論に過ぎない。

文化自体、その始まりにおいては、多分に人間の先天的な
感覚に支配されて形成された。そして、一度文化が形成されれば、
その文化は教育という形でより強められる。

医者の服は白、葬儀参列者の服は黒、という習慣が最初に
決まったときには慣習もなにもない。大多数の人間の先天的な感覚
に照らしてそれがふさわしかっただけだ。しかし、
一度そう決まってしまうと、黒服で診療する医者や、
白服で葬儀に来る人間は、非常識な奴として社会から排斥される。
そして最初の先天的な感覚による選択は文化として固定される。

生理学や心理学と文化人類学を別個にしてしまっている
学問体系そのものも疑った方がよい。