マイナーな指揮者の饗宴
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0914名無しの笛の踊り
02/04/05 09:29ID:???●ブルーノ・ザイドラー=ヴィンクラー
18.Jul.1880、ベルリン〜19.Okt.1960、ベルリン
生地のベルリン音楽大学でピアノと作曲を学び、卒業後は伴奏ピアニストや編曲者として活躍した後、1907年頃にドイチェ・グラモフォンにアーティスト兼プロデューサーとして入社し、
ニキッシュの『運命』を始め、多くの主要録音を担当して、DG初期の管弦楽録音を軌道に乗せた。
その際、彼は当時の録音の不備を補うために、レコードに効果的な編曲や楽器配置などを行い、DGの録音の優秀性を大いに高めたという。
また、指揮者としても活躍して、1924年にDGのベートーヴェン交響曲全集の第一弾として、『第五番』、『第九番』を録音した他、多くの小品や、ヴァーグナーの楽劇など当時の先駆的な録音も残している。
1923年から25年にはシカゴで指揮し、25年から33年、ベルリン放送局のオーケストラ部門の責任者、首席指揮者を務め、34年からはベルリンの音楽大学で放送声楽科の指導に当たった。
第二次世界大戦後はアメリカに渡り、主にスタジオで演奏活動を続け、ベルリンで声楽の指導も行った。
1907年には、ベルリン宮廷歌劇場で『こうもり』を演出するが、不評であった。1908年には早くも、『カルメン』の録音をする。ヘルゲ・ロスヴェンゲとも数多く録音。彼は当時の現代音楽の上演にも積極的であった。
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