はっきり感じるのは、80年代のベルリンは、音程が悪い。
というか、弦の音程に幅がある、ってこと。
そして力まかせに弾きまくる。ものすごい音量で。
これである種の「厚み」に感じさせるところが、ある意味凄かった。
90年代になって、ベルリンで一番変わったのは、弦の音程に幅がなくなってきたこと。
音程が揃うと、ピシッとそろったときのハーモニー感、
縦に突き抜けるような快感は、ぐんと増す。
小生は94年の来日公演のマーラー9番や、95年のジルベスタを聴いたけど、
十分迫力あった。
管も、パユやマイヤーが加わったころで、新鮮だった。
アッバードとの、最盛期でしたね、今から思えば。
でも確かに、音程が揃ってくると、パートソロになったときのチャーミングさは、欠ける。
それに、迫力はあっても、圧力(音圧)は、なくなる。
縦でなく、横への広がりというか、前への押し出しというか、
踏み倒される、押し倒される快感(ちょっと下品か?)は、なくなった。
ここまで強烈ではないけれど、「フィラデルフィア・サウンド」とか、「ウィーン・サウンド」というのも、
弦のビブラートが美しいとされていたのも、同じことかもしれない。
世界のオケが、みんなおんなじ方向向いちゃってる。
でも常に、その最先端は、最初に冒険して変わるのは、ベルリンなのかもしれない。
ということで、どう変えてくるのか、21世紀の、ラトルとのコンビに、前向きに期待しよう。