まあキョンファもケネディさえも彼らなりに譜面通りなつもりかもしれない。ムターもチャンも。
ただ彼らは何より自分の個性が前面に出てしまう。何を聞いても奴らの顔が浮かんで曲に近づけない。
それがいい人はいいけどハーンはそんな押しやアクの強い演奏家中心の音楽じゃないソリスト像の提示では。
それは音楽以外に自分の色をつけたくない、自分でなく音楽を聴いて欲しい彼女の意図だと。
ハーンは裏方のように曲を見せてくれる。自分を押し付けず曲の中に引き込む。
演奏中も人目をひくようなショーアップされた動きはしない。
おかげで実に自然に、ヘンに感情移入させずに音楽に吸い込まれる様に無理なく集中して聴き続けられた。
ライブでそんな印象持った人、多いんじゃないかな。

>社会的傾向は無視出来ないでしょう
社会的傾向は聞き手の問題で演奏家のそれじゃない。
あなたは聞き手、私は弾き手の立場に立ちぎみなので同じ現象が違って見えるのかも。
「ツィゴイネルワイゼンの魅力」とあなたが感じてることとハーンが感じてることは違う(だろう)。
ハーンのチゴイネルを支持しないのは聞き手の自由だが
合わないってのは「あなたのチゴイネル」に合わないってことで
その演奏が正しいとか間違ってるなんて事は演奏芸術においてないってこと。
結論は同じだわ、あんたと。