ヒラリー・ハーン
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0239228
NGNG237さんは「余裕」を、技巧的な余裕、
弾くときの気分的な余裕と理解しているのでは?
僕がいっているのは、「表現」としての「余裕」、音楽的「余裕」だよ。
また「「余計な」表現」とおっしゃるには、表現を演奏者が「付け足した」
ものと理解されているのでは?そういう意味ではないんだ。
本当に素材勝負が可能かどうか、という問題自体がそもそも解決不能なのだけど、
「インスピレーションを排して楽譜通りに弾く」、というのも一つの表現なんだ。
この態度自体は20世紀の演奏史のむしろ主流です。
が、そういった姿勢と思われるひとでも、優れた奏者は、
自分のカラーをもってます。(トスカニーニとセルが違うように)
また彼らでも楽曲によっては、向き不向きがあります。
問題は一点。ハーンは、楽曲のもつ潜在性を活かした演奏をしているから皆さんが
感動するのか?それとも、単にきちんとした様式で演奏しているから、また
「真摯」(悪くとればくそまじめ)だから皆さんが賛美するのか、
どちらか、ということ。
もし楽曲の潜在性を活かしているなら、即興性も余計どころか必然なのです。
いっておくが、僕はハーンを嫌っていないし能力を否定してもいない。
ただそこまで賛美される理由が納得がいかないだけです。
(237さんも、別にハーン以外を否定されていないことは文面でわかります)
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