>>262私はラッヘンマンの作曲態度は非常に’伝統的’と考える。特殊奏法が時代を経て普遍化されるのも1968年の時点で計算済みだったのではなかろうか?作品には明らかに時代による傾向が読み取れるものの。
『既存の対位法という概念』を『踏破した』とはあまり考えたくない。彼は「フーガの技法」を「音響の技法」にしたかっただけではあるまいか?注)本人自身のコメントに「ロベルト・シューマンは私の同士である。」というものが残されている。
また、菅原幸子女史の生演奏に接したこともあるが、脱力に難があってホールの隅々に届く音とは言い難い。