>>91
誰が聞いても「モーツァルト的」なものを補筆をして欲しければ、そもそも三枝には委嘱しない。
学者や研究家ならもっとそれらしいものに仕上げただろう。
それ以外の「何か」が欲しかわけで、そこで三枝が自分らしさを出したことがどうして勘違いなんだろうか?
結果的に気に入ったかどうかはそれとは別の話。