>>68
うーん「現代音楽」ってのがチョトポイントですね。
「現代音楽」という言葉を持ち出す時って、どうしても「高踏性」が付き纏うところが
多かれ少なかれあるじゃないですか。
その対比として「ロック」が持ち出されているわけですよ。

仮に、象牙の塔に暮らす人を「現代音楽」とし、反体制的な生き方の人を「ロック」とすると
(類型的でスマソ)、やはりこれは相容れない存在だったわけです。
相容れない、とは些か乱暴ですね。マス(=大衆)にはならなかったと言い換えます。
三枝は「ミサ」を作曲することで、両者をマス化し、現代音楽やロックという区別の無い
ジャンルの礎を築こうとしましたが、そもそもロックと現代音楽は、それぞれが向いている
「方向」や「ニーズ」や「役割」が全く違う、ということに気が付いた、ということでしょう。