トップページclassical
152コメント71KB

作曲家・三枝成彰について(作品限定)

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
00017月のバイオレンスNGNG
前衛時代からロックへの傾倒、テレビや映画のサントラからグランド・オペラまで
一通り聞いてきた俺だが、三枝の魅力(あくまで作品ね)について語ろう!

アンチはお断りと言いたいところだが、三枝スレでは避けられまい(w
それでも来る奴ぁかかって来い!
0002名無しの笛の踊りNGNG
吉田恭子のビートルズCDで編曲してた
00037月のバイオレンスNGNG
そうそう、編曲の腕前も超一級!
吉田恭子のアルバム・アレンジも良かったけど、ベルリン・フィルの12人のチェリスト版も
力作。
彼の編曲の特徴は、ハーモナイゼーションの大胆な置換や、オリジナルの前奏や間奏を付け
加えた創造性の高さにあるとオモワレ
0004名無しの笛の踊りNGNG
>>1
「オペラ忠臣蔵」1月に新国立で公演。
0005名無しの笛の踊りNGNG
>彼の編曲の特徴は、ハーモナイゼーションの大胆な置換や、オリジナルの前奏や間奏を付け
>加えた創造性の高さにあるとオモワレ

喜べ、三枝のスタッフ。
褒められてるぞ。
0006名無しの笛の踊りNGNG
>>5
今や作曲家の「プロダクション制度」はごく当たり前。
漫画家とそれを支えるアシスタントの関係と一緒。
問題は、三枝が「どこまで」指示を出しているかだ。
旋律とハーモニー・・・コード進行だけってこともあるか?
メロディはアシさん考えて、ってな具合に。
0007名無しの笛の踊りNGNG
今の朝ドラの音楽聞いていると、三枝の偉大さがわかる。
0008名無しの笛の踊りNGNG
>>7
朝ドラは、「北の家族」「本日も晴天なり」「はね駒」の3本を担当。
「本日も〜」は、シャッフル系のスウィングした軽快なテーマだった。
シンセサイザーは間違いなく難波弘之でしょう。
クラリネットや女声スキャットなど、何度かアレンジも替えていたね。
因みに漏れは歌詞付き盤シングルEPを持ってる。
0009名無しの笛の踊りNGNG
>>6
リゲティは間違ってもやらないだろうな。
0010名無しの笛の踊りNGNG
>>8
歌つきは気持ちが悪いとたくさんNHKへ抗議が来たために途中でボツ
0011名無しの笛の踊りNGNG
うん。
リゲティはやらないね。きっと。
0012名無しの笛の踊りNGNG
>>9 劇判や膨大な量のスコアを書く必要があるオペラはともかく、
協奏曲や室内楽もプロダクション制度でやってんの?マサカ
この領域は個人作業じゃないの?
0013名無しの笛の踊りNGNG
>>9
>>11
三枝とリゲティの話が一緒になったのって、このスレが初めてだろう。
つうか”ありえない”
これだけ違和感のある組み合わせも無い(ワラタ
0014名無しの笛の踊りNGNG
>>12
だから「やらない」と書いたんだが・・・
0015名無しの笛の踊りNGNG
>>10 その話 はじめて聞いた、面白い。
もしかして朝ドラで歌のテーマを使ったの最初じゃない?
0016名無しの笛の踊りNGNG
>>14
了解。ナトク。
0017名無しの笛の踊りNGNG
がんだむ
0018名無しの笛の踊りNGNG
アニヲタの中でサエグサの評価ってどうよ?
Ζ(ゼータ)ガンダムのBGMは、質・量ともにアニメ・サントラの中でも
画期的と思われるが。
0019名無しの笛の踊りNGNG
今日は紀尾井ホールでサエグサの「6声のためのマドリガル」を聞いた。
客席中央に指揮者がいて、そこを中心に6人のソプラノとアルトが客席を
取り囲んで歌うという作品。
照明が落ちて、歌手は懐中電灯で手元の譜面を照らしながらウタテタ。
音が四方から飛んできて、立体感がある。
内容は、結構前衛的な歌唱法を駆使していて、ロビーにスコアを展示していたので
見たら、相当な難曲!!ビクーリしたよ。
まるで器楽の譜面のように、細かい音符がビッシリと書かれていて、
5連符などが複雑に絡み合うものだった。
後半は、3連符を多用したお馴染みの「サエグサ・マーチ」風な部分もあって
20代の作品で前衛的ながら、現在につながるところもアタヨ。
0020名無しの笛の踊りNGNG
>>19 昔(10数年前)、神奈川県立音楽堂で聞いた。
三枝の室内楽を集めた演奏会だったけど、笙とかシンセとか使っていろいろやってたよ。
0021名無しの笛の踊りNGNG
つかこうへい脚本/演出のロックオペラ・サロメの情報キボンヌ。
三枝のロック・テイストと合唱の抒情性が詰まってるらしい。LP見たこと無いんだけど・・・・
0022名無しの笛の踊りNGNG
去年ベルリンのフィルハーモニーで聴いた「太鼓について」(?)
という曲は、聴衆に大受けでしたよ。
0023名無しの笛の踊りNGNG
>>22早稲オケが持っていった曲だな、そりゃ。狂言と和太鼓と桶の曲だっけ。
0024NGNG

コピーガードキャンセラー、あります↓
http://page3.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c13119399?

DVD やスカパー、レンタルビデオ、セルビデオのコピーガード
を無視して、ダビングが出来る様になります。

購入を希望する方は、入札をするか、
直接、メールを下さい。

宜しくお願い致します。
0025名無しの笛の踊りNGNG
↑こう来たか。
0026名無しの笛の踊りNGNG
>>23
そうそう。早稲田がやっていたやつ。オケの演奏はたいしたこと
なかったけど、あんなに熱狂的にうけるとはねえ…。聴いていて
驚きました。曲も何だかよく分からなかったし…。
0027名無しの笛の踊りNGNG
石井眞木「モノプリズム」、松下功「飛天遊」、三枝成彰「太鼓について」、どれも海外で大受け。
西洋人は、単に太鼓の音に驚き、熱狂してるだけと思われる。
0028名無しの笛の踊りNGNG
>>22 26 27
どういう感じの曲なの?教えて下さい。
0029名無しの笛の踊りNGNG
三枝は「ラジエーション・ミサ」しか聴いたことないなぁ…。
0030名無しの笛の踊りNGNG
>>29
「ラジエーション・ミサ」は、彼の作品の中でも異色かも。
ただ、劇判などではおなじみのテイストかな。
ロックの方法論で作曲されていて、ベクトルの向きは違うけども、
オペラ「忠臣蔵」でも聞かれた”歌謡性”に繋がる通俗性を持った
作品。
グロリアの変拍子、クレドのシャッフル、サンクトゥスの16ビートなど
聞きどころも満載。
0031名無しの笛の踊りNGNG
>>29 最新のシンセと機材でレコーディングをキボーン。
0032名無しの笛の踊りNGNG
>>31
最新機材だったら音がクリアーすぎて、あの何とも言えないレトロな
雰囲気は出ないかもよ(藁

ところで今CDって入手可能なの?<ラジエーション・ミサ
0033名無しの笛の踊りNGNG
>>32
そうだ!あのアナログ・シンセの微妙な具合が、曲調に合ってる。
「プログレ」の影響がかなり入っているのと(グロリア)、向谷実と難波弘之のプレイが懐かしい〜

CDは、yahooオークションに結構出品されてるよ。
003432NGNG
>>33
残念。今ヤフオクにはないみたいだ。

鬱だ。ノヴェラでも聴くか…。
0035名無しの笛の踊りNGNG
>>34 ノヴェラ懐かしー(ワラタ
キーボードの永川は、今何してるの?
0036名無しの笛の踊りNGNG
>>33合唱曲「川よとわに美しく」でも向谷のシンセを使ってるね。
スコアには、RolandのVP330(ヴォコーダー)が指定されてる。
これ今はなかなか手に入らんぜ!
YMOも使ったけど、今やヴィンテージ扱い。
0037名無しの笛の踊りNGNG
交響組曲「Zガンダム」萌え。
0038名無しの笛の踊りNGNG
忠臣蔵が大人気!

http://search.auctions.yahoo.co.jp/search?sb=desc&desc=
%A5%E9%A5%B8%A5%A8%A1%BC%A5%B7%A5%E7%A5%F3%A1%A6%A5%DF%A5%B5&alocale=0jp&acc=jp
0039名無しの笛の踊りNGNG
「忠臣蔵」は第2幕が好きだな。
綾衣と平左衛門のドロドロしたのより、お艶と岡野金右衛門(九十郎)の打ち上げ
花火の場面が良い!
これほどまでに旋律を導入し、高らかに歌い上げるオペラが日本にあっただろうか?
漏れもオペラ歌手並に張り上げて歌ってみたくなったよ、このアリアは。
二人がそれぞれアリアを熱唱し、最高潮に達した「愛の二重唱」は完璧の出来。
これが現代の作品なの?とかいう問題を出してくる奴は逝って良し。
「音楽」として素晴らしいの一言だ。それ以上の言葉を漏れは知らない。
0040名無しの笛の踊りNGNG
>>34
RADIATION MISSAがオークションに出てるよ。
0041名無しの笛の踊りNGNG
新しい「音学の友」で三枝が一柳と対談しているそうだよ。
0042名無しの笛の踊りNGNG
>>41 そりゃ珍しい組み合わせだね。
何話してんだろ?
004334=32NGNG
>>40
サンクス。カナでしか検索してなかった私。
昨夜入札されてるね(藁)。 …私じゃないよ。
\4,000。微妙な価格設定だな。
複雑な心境なので今日はPMFでも…。
0044名無しの笛の踊りNGNG
>これほどまでに旋律を導入し、高らかに歌い上げるオペラが日本にあっただろうか?

「夕鶴」のほうが出来がいいんじゃないの?
すくなくと台本はそちらの方がマトモ。
「忠臣蔵」
も四十七士の討ち入りはあくまでバックボーンに留めて、大石とか
は一切出さずに、物語を進行すれば良かったと思う。
話を詰めこみ過ぎでストーリー展開は逆にのろ過ぎ。
最初のコーラスから入り切腹の場から時間が遡る展開は映画的でしらける。
とにかく台本を練り直して改定すべきだな。
要らないシーンや歌はカットして二時間くらいにする。
オーケスレーションももっと簡潔にする。
そうすればそこそこ楽しめる様になるだろう。
0045名無しの笛の踊りNGNG
>>44

>最初のコーラスから入り切腹の場から時間が遡る展開は映画的でしらける。

最後のクライマックスに何を持ってくるか?ここで「オペラ」が完結する訳だから、
切腹シーンで終わるのは難しいと判断したようだ。
そこで結果的に、切腹シーンを冒頭に持ってくる「フラッシュバック形式」で落ち着かせた。

討ち入り後の達成感と悔恨を、三枝は得意の甘美な旋律で合唱団に歌わせている。
何度も何度も繰り返し、合唱は執拗に盛り上げていく。
これは最終的に、聴き手へのサービスも含め成功だったと思うよ。
「あれ?終わっちゃったの?」っていう現代オペラ多いじゃない(w
ちゃんと、しっかりと「終わらせる」ことが、現代作曲家は出来そうで出来なかった。
0046名無しの笛の踊りNGNG
告白します。このひとの曲でいちばん好きなのは
「清左衛門残日録」と「はやぶさ新八御用帳」です (^^;;
00477月のバイオレンスNGNG
>>46 お、NHKの時代劇だな。
少々古いけど、漏れは「宮本武蔵」の音楽が好きだ。
オープニング・テーマ曲、お通のテーマ、武蔵のテーマ(これワグナーの”ジークフリート”だろ)、
どれもイイ。

1984年の番組だけど、鮮明に憶えてる。
ちなみにテーマ演奏は「アンサンブル・スカイ」(劇判用のユニット名だろう)。
赤尾三千子の横笛をフィーチャーしていて、これも良かった。
0048名無しの笛の踊りNGNG
NHK大河ドラマの『花の乱』もかなりの名作じゃないかな。

最後辺りのフルートの使い方がこの曲の性質を決定的に印象付けてるよね。
一気に乱れ散る感じが好きだ。

同じ系統の大河ドラマの音楽として三善晃の『春の坂道』があるが、これは
最初っからフランス近代的な飽和に飽和を重ねるような音響で最後にも乱れ散る感じで終わるが、
時間の制限があったのだろうか、音楽としては終わり方にイマイチな感が否めない。
0049名無しの笛の踊りNGNG

自分で全部書いてたのはいつごろまででしょう?
0050名無しの笛の踊りNGNG
三枝成彰の音楽って頭3小節で「あっ三枝」て分かる。
そういう意味では凄いのかも。

ヴァイオリン協奏曲と太平記がわりと好き。

逆襲のシャァもCDだけでなら最高。
0051名無しの笛の踊りNGNG
12月10日サントリーホールで、交響組曲「忠臣蔵」とオペラ「忠臣蔵」から
第3幕第2場が演奏会形式で上演される。
「組曲」は新星が初演して以来の演奏かも。
0052名無しの笛の踊りNGNG
>>48
「花の乱」確かにイイ。
大河ドラマの類型的なテーマのイメージから逸脱する内容だった。

三善の「春の坂道」が毎週お茶の間に流れてたかと思うと、いろんな意味で
興味深い。劇中の音楽はどんなだっただろう?
0053名無しの笛の踊りNGNG
>>53
劇中の音楽は面倒くさがってすぐやめてしまいました。
0054名無しの笛の踊りNGNG
>>53
ってことは、後は誰が書いたの?
大河は1年間の長丁場でしょう?
0055名無しの笛の踊りNGNG
三善ネタは三善スレでやっちゃって〜
0056名無しの笛の踊りNGNG
>>42 音友の対談はワラたよ。二人とも、「俺たちがやってきたことは間違ってたよ」
と反省しあうような内容。「ラジエーションミサ」もね。
ところで三枝節っていうけど、あれは篠原敬介が書いてるんじゃないの?
0057名無しの笛の踊りNGNG
>>56
篠原も堀井(勝美)も事務所一緒(だった?)けど、
堀井は東京音大作曲科で三枝の教え子。篠原もそうかな?
劇伴は酷似していた時期もあったけど、どうなんだろう。
普通は弟子が作風真似るもんだけどね。
0058名無しの笛の踊りNGNG
>>54
スレ違いで済まないけど、間宮じゃなかったかなあ。
0059名無しの笛の踊りNGNG
>>58
えーっマジすか?
間宮といえば「竜馬がゆく」1本だけだとオモテタガ・・・
0060名無しの笛の踊りNGNG
間宮林蔵ですか?
0061名無しの笛の踊りNGNG
>>60
うーん、うざいけどマジレスしちゃうよーん。
「間宮芳生」です。
0062名無しの笛の踊りNGNG
三枝先生、「ラジエーションミサ」を否定しないでください。
0063名無しの笛の踊りNGNG
>>62
「ラジエーション・ミサ」を否定するというニュアンスではなかったと思うよ。
「現代音楽とロックは、やはり相容れないものだった」という話だったとオモワレ。
0064名無しの笛の踊りNGNG
>>63
ザッパやフリスやディドコフスキーがやったことは何なの?
「僕の才能では統合できなかった」と言わないのは傲慢だね
0065名無しの笛の踊りNGNG
ザッパもフリスもディドコフスキーも、現代音楽とロックの統合ということを考えて無いデショ。
周辺があれこれ理屈を後付けしてるだけ。
シュニトケの「多様式主義」を経て、もはやそういうカテゴライズで考えることに意味をなさない
ということなんだと思うのよ。
ザッパらも、そういう小さな主義やコンセプトを掲げたというよりも、「自分の音楽」を世に放った
ということでイイのではないかな?
0066名無しの笛の踊りNGNG
三枝さん,ピアニストの宮沢明子に,僕はあなたよりピアノが弾けるよ,って
言ってたけど,本当?
0067名無しの笛の踊りNGNG
宮沢明子よりピアノが弾けるって本当?
0068名無しの笛の踊りNGNG
>>65
彼らが、「サードストリーム」的な狭い視野で「統合」しようと
したわけではない、というのはもちろん賛成。「自分の音楽」を
作る過程で使えるものは使ったということなんだろうね。

でも、彼らの音楽を知っていれば、「現代音楽とロックはやはり
相容れない」なんて発言は出てきようがないと思うけど。
0069名無しの笛の踊りNGNG
やっぱり三枝は根っからクラシックの人だったちゅーことでしょ。
0070名無しの笛の踊りNGNG
>>68
うーん「現代音楽」ってのがチョトポイントですね。
「現代音楽」という言葉を持ち出す時って、どうしても「高踏性」が付き纏うところが
多かれ少なかれあるじゃないですか。
その対比として「ロック」が持ち出されているわけですよ。

仮に、象牙の塔に暮らす人を「現代音楽」とし、反体制的な生き方の人を「ロック」とすると
(類型的でスマソ)、やはりこれは相容れない存在だったわけです。
相容れない、とは些か乱暴ですね。マス(=大衆)にはならなかったと言い換えます。
三枝は「ミサ」を作曲することで、両者をマス化し、現代音楽やロックという区別の無い
ジャンルの礎を築こうとしましたが、そもそもロックと現代音楽は、それぞれが向いている
「方向」や「ニーズ」や「役割」が全く違う、ということに気が付いた、ということでしょう。
007170 NGNG
続きです、長くてスマソ

スタイルとしての組み合わせ、というのは別だと思います。
ロックのリズムやジャズのコードは現代音楽(クラシック)に影響与えてるし、逆にハウスや
テクノは調性感が希薄で、無調的なものすらあります。
そういう点で、ザッパが達成したことは誰もが認めることです。

しかし、一部で熱狂的に支持されてはいますが、「大衆性」(ここ強調)を帯びることはありま
せん。むしろロックなどのポピュラー音楽は、単純化・類型化した方向へとニーズが求められ
ています(カラオケの影響大か・・・)。
0072名無しの笛の踊りNGNG
ラジエーションミサか・・・懐かしいな。
1曲目の「キリエ」をアカペラの合唱団が歌ったら面白いかも。
0073名無しの笛の踊りNGNG
>>70 >>71
言いたいことはよくわかるし、そういう意味ではその通りだと思う。
でも、「現代音楽的でないクラシック」も「大衆性を帯びていない」
という点では変わらないのではないか。
007473NGNG
要するに、「大衆的なクラシック」と「高踏的なロック」のどちら
が大衆的(=聴衆が多い)か、という問題で、それなら後者では?
0075名無しの笛の踊りNGNG
>>73
とはいえ、もう廃盤だしね。しかも“サウンド”として古さは拭えないから、やはり大衆にはダメじゃないですかねえ。
007670NGNG
>>73
歯応えのあるレスに感謝。
「現代音楽」と「ロック」のスタイルを組み合わせたものが試みとして成功しても、それが大衆性を
帯びることは難しい(大衆性を帯びていない)というつもりで書きました。
大衆が「ロック」に求めるニーズは、もっと純化された平易なスタイルで書かれたものであることは、
最近のヒットを鑑みても自明ではないでしょうか。
あくまでも、大衆(マス)のニーズということです。
007770NGNG
>>74
そうですね、禿胴デス!
しかしそれは、2千人(室内楽なら数百人)規模のコンサートホールで演奏することを(まずは)前提に委嘱され
作曲した作品(現代音楽)と、CD/レコードというパッケージメディアに固定し、「発売」という商業的な目的
(もっと高みの精神で作品を作る人もいるわけですが、メジャー契約している以上は、結果的にここに帰結せざるを
得ない)で頒布された作品(ロック)とでは、対象とする人間の数が圧倒的に違うことは、>>74さんも充分ご存知の
ことでしょう。
007870NGNG
何を持って「高踏的なロック」とするかは主観の問題もあり言及しませんが、上記の意味での「ロック」である
以上は、アーティストがいかに芸術性や高踏性をもって作品を創造しようとも、商業ベースで成立(「成功」とは
チョト違いますが)せざるを得ない、そこが大衆的(聴衆が多い)だと言いたいのです。
その最低payする枚数がクリア出来なくなってくると、所謂レコード会社との契約は打ち切りですから、「ロック」
したくても出来ない状況に陥る訳ですね、表舞台では。
007970NGNG
逆に、大衆的なクラシック(現代音楽)は、いかに平易で解かりやすく大衆に迎合したような内容の作品であって
も、上記のようにコンサートホールで限られた人を対象に演奏されたり、ポピュラーには二桁も三桁も及ばない
少ないプレス録音だったりと、内容に比して、ロック並みのポピュラリティは宿命的に得られないのではない
でしょうか。
「ラジエーション・ミサ」から随分離れてしまいました・・・スマソ
008070NGNG
>>75
「ミサ」以降も、現代音楽の領域でのロック的アプローチ(「SHO'83」や「FLASH-V」、
「組曲・般若波羅密多」等多数)は続けていました。
古さということと大衆への訴求性はあまり関係ないと思います。
作品に多少なりとも「力」があれば、こうしてみんなの記憶に残る訳だし、いずれは廃盤も
日の目を見る可能性が無い訳ではないと思うのです。
0081名無しの笛の踊りNGNG
>>78
メジャーレーベルと契約していることがロックの定義だとしたら、
ザッパ、フリス、ディドコフスキーはロックじゃないってことだ。
ザッパは、メジャーの口出しが嫌で個人レーベルを始めただけで、
セールスはメジャー級だったけど。

で、元の三枝発言に戻ると、もしそれが「高踏的な音楽は大衆的な
音楽とは相容れない」という意味だとしたら、それはトートロジー
にすぎないのでは。クラシック=高踏的(そもそも支配階級の音楽
だから)の帰結として、クラシックの一種である現代音楽=高踏的
というのはいいとしても、ロック=大衆的というのは違うと思うな。
もちろん、商品としてのロックは大衆的であるように作られるけど、
それは音楽様式の本質ではない筈。大部分のハンバーガーはマクド
みたいな代物だとしても、ハンバーガー=ゴミとは言えないように。
008281NGNG
補足:最後の喩えは、「大衆的な音楽=マクドのようなゴミ」
だという意図で持ち出したのではありません。誤解なきよう。
0083名無しの笛の踊りNGNG
ロック=高踏的
というのを結論付けないとトートロジーにならんぞ。
まずそれから始めてくれ。
0084名無しの笛の踊りNGNG
>>80
 古さということと大衆への訴求性は関係あるんじゃないでしょうか?今生バンドで歌うJ−POPのアーティストなんていないでしょ。
 今は内面より外面が大事。サウンドとして古いのは致命的、大衆には受け入れられないでしょう。大衆を蔑むわけじゃないけど、現代音楽のファンはやっぱり大衆ではないでしょう。
0085名無しの笛の踊りNGNG
>>81
>>メジャーレーベルと契約していることがロックの定義だとしたら、ザッパ、フリス、ディドコフスキーは
>>ロックじゃないってことだ。

「メジャー」という意味は、広義での「レコード産業」という意味で使いました。誤解を生むような表現でしたソマソ。
「レコード産業」は巨大なマーケットですから、その存在は現代音楽に比べ遥かにメジャーです、よね?
そう、「現代音楽」と「ロック」の対比の話ですから、相対値で考えましょう。
もちろん、クラシックや現代音楽も「レコード産業」に乗っているかに見えますが、それは錯覚です。
「レコード化」されているか否かを言っているのでは無く、「レコード産業」、その「流通」を前提に作品が誕生
したかどうかが問題なのです。
みんなの手元にある「ロック」のレコードやCDの殆ど(全てとは言えないし、言わない)は、「レコード産業」と
「流通」を前提とした産物なわけですよ。
メジャーレーベルもマイナーレーベルも、もちろんメジャー級のセールスをマークする個人レーベルも、「レコ
ードを作って売る、それを生業とする」という点では同一視でき、そういう存在を、漏れは「メジャー」と考えます。
008670NGNG
話の流れで、「高踏」と「大衆」を極論づけしてしまったので、もっと自然に素直に考えてみました。

「高踏」とは、世俗的なものから超越したところで、凛として気高く品位を保つこと。
この意識は多くの現代音楽に見られることだと思いますが、全ての作品に当てはまる訳では無い。
もっと気楽にエンターテインすることを目指した現代音楽作品だって当然あります。
ポスト・ミニマルや新ロマン主義などにも、そういうものは多い。
同様に、ロックやポピュラーの中にも「高踏」な作品は存在する。しかしそれが、ポピュラーの大部分の作品を
占めるには至りません。
誤解を恐れずに書くと、これらは「娯楽」のための音楽だから。決して差別的意味ではなくてね。
聴き手を楽しませる音楽、とでも言ったらイイのかな。

「大衆」にも、いろいろな意味があるようで、漏れは「多数の人々」というニュアンスで書きました。
他には、一般庶民であるとか労働者階級であるとか様々ですが、こういう意味では考えなかったなぁ・・・
もう単純に「多数の人々」、これが漏れの言う「大衆」です。

非常に雑な表現をすると、現代音楽:「高踏」>「大衆」、ロック:「高踏」<「大衆」ということかなと。
どちらにも「高踏」は存在するし、「大衆」も存在する。しかし、率はともかく、どちらの割合が多いかと言えば
上記のようになるのでしょう。
008770NGNG
「ロック」の定義を語るほどの知識もありませんが、少なくともロックは「産業」と分かちがたく結びついた存在。
売れる売れないの結果はともかく、大量複製し広く頒布したいという「欲求」は、一方で音楽家の自己表出・
自己実現・自己顕示としてのそれであり、一方でレコード会社の売上・利益の追求なわけで、そこで互いの
利害が合致しているわけデショ?

売ることを前提にパッケージ・メディアに「作品」を固定し頒布した段階で、作品の内容を問わず「産業」界を
巡るベルトコンベアに乗ります。
それは、音楽家が好むと好まざるとに係わらず、「大衆」(多数の人々)に向けて放たれてしまう瞬間でもある。
そこが「ロック」(ポピュラー全般)が「大衆」的であると考える根拠です。
「産業」を通じての「大衆」との連結が、ロック(ポピュラー)には半ば宿命的にあるのですが、現代音楽は、
大衆を相手にはしても、「産業」まで巻き込むほどの力もポピュラリティもありません。

三枝は、作品の内容が「高踏」であるとか「大衆」向きであるとかが問題なのではなくて、「産業」に向けて放た
れたロックと、「産業」とは一線を画す現代音楽とでは、違う公転軌道を描く惑星のように交わることは無いと
結論づけたとオモワレルマス。(ごくたまにクロスする可能性はあるわけだ)

もちろん、”あるロック”の「高踏性」に気づき、現代音楽との横断をいとも簡単にしてしまう輩もいるわけで
(漏れもそうだし、81さんもそうでっしゃろ?)、三枝はそういう聴衆を多く獲得できると信じて「ラジエーション・
ミサ」を作曲したわけだが、所詮マイノリティなんですわ、我々は(一緒にしてスマソ!)。

ロックと現代音楽、この両者の持つ精神性やスタイルを用い、双方を繋ぐことはメチエとしては可能だが、
もともと別々に軌道を描く両者が一つになることは無い、ということに三枝は気づいたということでしょう。
0088名無しの笛の踊りNGNG
チャイコフスキーやショパンってポピュラーだと思うけど。
0089名無しの笛の踊りNGNG
レコードやCDが流通を前提にしてるのは当り前の話で
それは現代音楽のレコード・CD・譜面の場合も同じことですし
レコード・CDという媒体がなくともロックは成立し得るわけです

これだけ音楽のジャンルが多様化しリスナーも細分化されている時代に
現代音楽とロックという二つの枠組みだけで高踏とか大衆とかを語るのは
それこそ荒唐無稽な話に思えますが?
0090名無しの笛の踊りNGNG
>>89 え?媒体がなくともロックは成立し得る?
まさか媒体に乗せなくても例えばネット配信という形で出来るという意味?
そういうことを言ってるんじゃないだろうな。
ロックを演奏する方はそりゃ成立するかもしれないけど、聴く方はどうそれを需要するわけ?
まさかライブでとかイワナイデヨ。ライブはCDのプロモーションの一環だからね、ほとんど儲からない世界よ。
0091名無しの笛の踊りNGNG
モーツァルトの未完の作品をザルツブルグ・モーツァルテウムが補筆を依頼。
しかし先生勘違いして「自分なりに」と作曲したものだから、できあがった
ものを見てモーツァルテウムのメンバーが落胆したという話は本当です。
0092名無しの笛の踊りNGNG
>>83
「Aと非Aは相容れない」は、確かに「トートロジー」じゃ
ないですねスマソ。「トリヴィアル」ならいいのかな?

>>87
「ラジエーション・ミサ」は、残念ながら「高踏的なロック」では
全然ないんだな。当時としてもダサ目で、フュージョンの有名キー
ボード奏者を集めてアドリブさせればよかろう、という作りも安易。

で、三枝発言の真意は、「現代音楽はどうあがいても売れない」と
いうことだった、という解釈でよろしいでしょうか?
0093名無しの笛の踊りNGNG
三枝のレクイエム、歌った。
チカレタビー
0094名無しの笛の踊りNGNG
>>91
誰が聞いても「モーツァルト的」なものを補筆をして欲しければ、そもそも三枝には委嘱しない。
学者や研究家ならもっとそれらしいものに仕上げただろう。
それ以外の「何か」が欲しかわけで、そこで三枝が自分らしさを出したことがどうして勘違いなんだろうか?
結果的に気に入ったかどうかはそれとは別の話。
0095名無しの笛の踊りNGNG
>>94
×それ以外の「何か」が欲しかわけで
○それ以外の「何か」が欲しかったわけで

タイプミス、スマソ。
0096名無しの笛の踊りNGNG
>>90
>まさかライブでとかイワナイデヨ。
まさしくライブのことですよ
音楽のスタイルとしてのロックが成立するか否かに儲かる儲からないは関係ないでしょ
CDのプロモーションとしてのライブなんてものは商業音楽という括りの話としてならともかく
ロックという語と結び付けらて語られる必然性があるようには思えないけど?
例えばライブハウスやクラブなんかを中心としたサブカルチャーのありようについてはどうお考えですか?
0097名無しの笛の踊りNGNG
間違ってたらスマンが、
「お引っ越し」という映画、結構いい音楽入ってたんだが、
あれって確か三枝だよね。詳しい方教えて!
0098名無しの笛の踊りNGNG
>>97
相米監督の「お引越し」の音楽は三枝です。
サントラはリリースされてないと思う。
同じ相米作品「台風クラブ」「魚影の群れ」「光る女」の音楽もそう。
「光る女」はプロレスラーとオペラ歌手の話で、劇中で歌われたアリア(「炎のアリア」)も
三枝の作曲。イタリア語の歌詞にフル編成のオーケストラ伴奏付きという、本格的な体裁の作品だった。
本とカセットテープがセットになったいわゆる「カセットブック」として発売され、買いました。
0099名無しの笛の踊りNGNG
>>三枝といえば、「動乱」でしょ。指揮はミッチーだよ。
 でも映画には、交響曲にないモチーフのブリッジ曲などが使用されていた。動乱完全版ギボンヌ。
0100名無しの笛の踊りNGNG
>>99
おぉ、交響曲「動乱」っすか!
漏れはCDもLPも持ってるけど、これ劇伴の改作版なんですよね。
演奏は、東フィル、藤原真理vc、神谷郁代pf、井上道義cond〜
漏れもサントラのリリースキボーン!
第3楽章冒頭の激しい部分は、「Zガンダム」のBGMにも使われてたよ。
0101>>94NGNG
>>誰が聞いても「モーツァルト的」なものを補筆をして欲しければ、そもそも三枝には委嘱しない。
と思ったのは三枝だけだったらしい。だれが「三枝的」な補筆を頼むと思う?
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています