>409 『世紀末CDノート第28回:虎は死して皮を残し、人は死して思い出を遺す』
「音楽現代」1996年4月号より
《武満さんは阪神タイガースの帽子をかぶってベッドの上に座り込んで、
私が「ハーモニーを捨てた現代音楽はもはや音楽ではない」と力説し、
佐藤さんが「じゃ、君の言うハーモニーって何なの?」と切り返すのを聞きながら、
「ぼくも、ハーモニーを捨てた西欧音楽はダメだと思う」とつぶやいていた。
私が「それなら、もっとそのことを公に批判するべきだし、もっとメロディを書かなきゃダメじゃないですか」
と無謀にもからむと、武満さんは「ボクは批判もしているし、メロディも書いてるよ」と応じる。
「じゃあ、オペラを書いてください。それも聴衆があきれて大失敗するようなオペラを書かなきゃダメです」と私は主張し、
武満さんは「どうして失敗しなきゃダメなの?」と不満そうな顔をしていたが、答えは簡単。
武満さんには「成功」した「小品」は腐るほどある。だから、「失敗」する「大作」こそが必要なのだ。》
 この一文で私は(『マイ・ウェイ・オヴ・ライフ』『系図』がああだから)、
遺作になってしまった武満氏の「空飛ぶ鯨のオペラ」は、彼の「現代音楽作曲家廃業宣言」だったに違いない!
と一人でワクワクしていたのだ。今思えばドキュンだねぇ。