武蔵野が平成3年入学までは、それなりのレベルと聞いた。
それ以降は、ヘタな生徒でも合格させるというところで学校のレベルは更に
落ちたようだ。
平成6年以前において3年次以下の学生については、コンクールでも十分に
戦える生徒、とりわけ声楽家やピアノ科の学生は多かったそうだが、学校
側がコンクール参加への消極的な制度や教授達への暗黙の掟によって抑圧
されていたようだ。
つまり、地引網的にレベルの低い生徒、とりわけピアノ科を多く取りすぎ、
かつてのようなレベルの高い学生がいるというイメージを壊したくなかった
ため、コンクール参加を事前に抑止したというのが、武蔵野音大側の見解。
かなり下のレベルの生徒と上のレベルの生徒の混在が、良くも悪くもある。
ピアノ科や声楽科について、経営戦略のために生徒を多くとりレベルの維持
を諦めたのが、昭和60年辺りからだと、聞く。
それ以前は、S60年代の戦略を見越して、生徒の抑圧に掛かったと聞く。
短大の経営破たんが、全ての原因だという有力な見解もある。
学校経営に関しては、現在でいう戦略情報化経営手法をいち早く取り入れ
成功を収めたという意味では、素晴らしい学校に違いない。