「音楽の理想像」とは作曲家によってのみ提示されるものではアリマセン。
つまり、その曲の成り立ちの事実関係は(ぶっちゃけて言うと)どうでも
よいのです。
その事実は、演奏家が誰も作曲家の指定の強弱や速度記号を忠実に守って
いないことでも証明されています。生まれた途端に生みの親の手を離れる
ところも音楽の自立性のおもしろいところですね。

ただ、音楽を理解する努力を否定し「俺が感動するかどうかが良い音楽の
基準」などとノタマウ arrogantな聴衆ばかりだとしたら、作曲家も
演奏家も寂しいだろうな、と思いました。